Wonder around – 放浪癖

戯言

ぼくには放浪癖があります。
放っておくとぶらりと出かけて、何日か帰ってこないことがあります。

最近はスマートフォンを持たされていますし、仕事上の責任もあるので自粛していますが、心の底ではどこかへ行きたくてうずうずしている自分に気がつく瞬間があります。
そんなこともあって、海外出張の時はあえて乗り継ぎの長い便を選んでしまいます。
乗り継ぎの時間で、その街をふらついてみます。
イスタンブルなんかは最高に面白かった。

ほかにもバンコク、サンフランシスコ、フランクフルト、ミラノなどを徘徊しました。

そして、こころのどこかに「このまま飛行機に乗り遅れれば面白そうだw」という気持ちがあります。

残念ながら自制が働くようで、いまのところ乗り継ぎに失敗したことはありません。

以下は3年ほど前にFaceBookにポストした思い出話です。
(一部加筆修正してあります)

旅の思いつき

20代前半の頃だったと思う。
4月下旬のある日、ゴールデンウィークの休暇に熊野まで行こうと思いついた。
当時、VolksWagenのSciroccoというコンパクトクーペに乗っていたぼくは、とにかくドライブが好きだった。
同行者には当時付き合っていた女性を誘った。
彼女の友人が熊野に住んでいて、そこへ泊めてもらおうと、またその翌日は和歌山県田辺市にあるその友人のご実家で厄介になろうと、今思えばあつかましい話だ。

行き当たりばったりな旅のプラン

出発の日時と帰宅の日だけを決めてドライブは開始された。
当時ドライブの定番地図だった「広域マップル」をみると、とりあえず岐阜県大垣市まで抜けるのには国道157号線が最短らしいことが読み取れた。
金沢市内にご在住の方はお気づきとは思いますが、国道157号線は金沢の日本橋ともいうべき、近江町市場と名鉄エムザ(デパート)に挟まれた武蔵交差点が起点。
その延長はるか先は、実は岐阜県岐阜市まで続いているのです。

旧・白峰村(現・白山市)、谷峠を越え、勝山市を経由して当該国道進んだ。
大野市の市街地を過ぎてからは国道とは名ばかりの、まるで農道のような道幅の狭さ。
後日ですが、実際のところ農道としか使われていないという話も耳に入ったりしました。
アスファルト舗装は途中からコンクリートの簡易舗装になり、そしていつの間にか穴だらけの未舗装路に変わった。
何ヶ所か、川が路上を横切っているところもあった。
地図上では道路と川が交差しいていたので、小さな橋でもあるのかと想像していたが、まさか川が道路上を横切っていたとは。

人はこの道を「酷道157号線」と呼ぶそうです。

まさかの崖崩れで迂回

記憶では岐阜県の旧・根尾村の向こう側、本巣町を抜けるまで、そんな道が60kmほど続くはずだった。
途中には数件ほどの集落が1度か2度見かけられただけで、すれ違う車さえなかった。

農道のような国道を30kmほど進んで、岐阜県に入ったことを知らせる標識を通過したところで、大野市を過ぎてから初めての対向車両と出くわした。
当時ホイチョイの映画に採用されて人気の出はじめていたあずき色のハイラックスサーフ。
「この辺は根尾村というんだっけ?雪が降ったら陸の孤島だねw」などと話しながらすっ飛ばしていたときだった。

ドライバーは窓を開けて、
「この先は通れないよ。引き返した方がいい。」
と言った。

そんなことを言われても、今更戻ると日程が押してくる。
朝出発したときには、この時間には岐阜側に降りているつもりだったのに、まだ着いていない。
泊めてもらう友人宅には、今日中に着けなくなるかもしれない。
携帯電話もない当時、宿先に連絡する公衆電話を探すのも一苦労だし(尤もこんな山奥は今でも圏外にきまってる)と思い、もう少し進んでみることにした。
大柄なハイラックスは通れなくても、コンパクトなぼくのVWなら通れるかもしれない。

ほんの数百メートル進んだ川沿いのカーブを曲がってところで、そこには今まさに崩れたと言わんばかりの土砂崩れが道路を完全にふさいでいた。
先ほどのハイラックスサーフが乗り越えを試みたタイヤの跡が虚しく残っている。
ぼくのVW Sciroccoでは絶対無理。

ゴールデンウィーク渋滞の罠

しょうがなく、大野まで戻り国道256号線から156号線へ迂回するルートを南へ向かうことにした。
156号線は長良川沿いの一本道。
折しもゴールデンウィーク真っ盛りで超渋滞。
長良川を挟んだ対岸の農道に入って抜け出そうとしてみたが、同様の車が長い列を作って、国道よりもさらに激しい渋滞。

諦めて国道に戻り、流れに身を任せているうちに、いつのまにか三重県に入った。
そこからは快調に道路は流れていた。

友人宅に到着したときは23時をすっかり回っていた。
結局その日はほとんど何も食べず、24時間のうち18時間くらい運転するハメになってしまった、今となってはどうでもいい思い出。

知らない道を無計画に行くのが好きなのは、このころからの癖(へき)なのだろうか、と思ったりもする。

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